日本代表監督列伝(日本代表)

【監督列伝】ハビエル・アギーレ 2015年アジアカップ8強、在任わずか半年の日本代表監督

ハビエル・アギーレ氏は1958年12月1日、メキシコシティ生まれ。メキシコ代表の選手・監督として、2002年のW杯で指揮を執るなど、経験豊富な指導者で、スペインでも、サラゴサなどを率いた。

日本代表の監督には、2014年に就任した。2015年1月のアジアカップ(オーストラリア)では、グループ3連勝、無失点で首位通過するも、準々決勝でUAEにPK戦で敗れた(2015年アジアカップの総括)。その後、2015年2月に契約解除となり、在任は約半年だった。2026年9月には、スペインのバレンシアCFの監督に就任した(バレンシア監督就任の記事)。

バスク系メキシコ人としての出自と選手時代

両親はスペインのバスク地方からメキシコへ渡った移民で、「エル・バスコ」の愛称で親しまれている。現役時代は、FWとしてキャリアを始め、やがてMFに、晩年はセンターバックとしてプレーした。クラブ・アメリカでデビューして1983-84シーズンにリーグ優勝を経験し、その後、グアダラハラでも活躍。メキシコ代表としては1986年に自国で開催されたW杯に出場した。所属クラブでの出場は392試合56得点、代表としては約60試合に出場した。

メキシコ代表を救った「火消し」役

引退後は指導者に転じ、パチューカを率いて1999年冬のリーグ優勝を果たした。2001年、W杯予選で苦戦していたメキシコ代表の監督に就任し、残り5試合を4勝1分で乗り切って本大会出場を確定させた。2002年の日韓W杯ではグループリーグを2勝1分で突破して16強に進出している。2009年には再び危機にあったメキシコ代表を引き継ぎ、W杯予選を持ち直し、2010年の南アフリカ大会では、フランスを破ってベスト16に進んだ。後年には、自国開催となる2026年のW杯でも、メキシコ代表の指揮を執っている。

スペインでの手腕

W杯後は、スペインのオサスナを率い、2005-06シーズンにリーガ4位となり、翌シーズンのチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。続いて、アトレティコ・マドリードの監督に就任し、2007-08シーズンに12シーズンぶりの4位以内へ導いた。その後、サラゴサ、エスパニョール、マジョルカなどを率い、マジョルカでは、2023-24シーズンにコパ・デル・レイで決勝まで進んでいる。

日本代表監督:短い任期と残した結果

  • 2014年8月:ザッケローニ氏(ザッケローニ氏の列伝)の後任として就任
  • 2015年1月:アジアカップ(オーストラリア)のグループリーグで、3試合を7得点無失点で首位通過
  • 2015年1月:準々決勝でUAEに1-1(延長を含む)の末、PK戦で敗れる
  • 2015年2月3日:日本サッカー協会が契約解除を発表

就任期間が短かったため、戦術の評価は定まっていないが、アジアカップで無失点のグループ突破を達成した堅実さは記憶に残る。後任には、ハリルホジッチ氏(ハリルホジッチ氏の列伝)が就いた。

その後

日本を離れた後は、UAEのアル・ワフダ、エジプト代表、レガネス、メキシコのモンテレイ(2021年のCONCACAFチャンピオンズリーグ優勝)などを渡り歩いた。2026年9月には、スペインの名門バレンシアCFの監督に就任し、再びラ・リーガの舞台に戻っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です