【選手列伝】アリエン・ロッベン バイエルンで10年、2010年W杯決勝で悔しさを味わった韋駄天ウインガー
アリエン・ロッベン氏は1984年1月23日、ベドゥム生まれの右ウイング。フローニンゲン(2000〜02年)、PSV(2002〜04年)、チェルシー(2004〜07年)、レアル・マドリード(2007〜09年)を経て、バイエルン(2009〜19年、201試合99得点)で10年間プレーし、ブンデスリーガ優勝を8度経験した。2013年のチャンピオンズリーグ決勝(ドルトムント戦)では、決勝ゴールを決めた。2019年に引退を表明したが、2020年に復帰し、フローニンゲンで1年プレーして、2021年7月15日に最終的に引退した。
オランダ代表では、2003年から2017年までに96試合37得点。2010年のW杯決勝では、62分にGKカシージャスと1対1になったが止められ、優勝を逃した(2010年W杯の総括)。2014年のW杯では、スペインに5-1と大勝した試合で2得点を挙げ、3位に貢献した(2014年W杯の総括)。
フローニンゲンからPSVへ、若き才能の開花
ロッベン氏は地元北部のクラブ、フローニンゲンでプロデビューし、2年間でリーグ戦46試合8得点を記録した。快足と鋭いドリブルで頭角を現し、2002年にPSVへ移籍。PSVでは2002-03シーズンにリーグ優勝を経験し、その年のヨハン・クライフ賞(年間最優秀若手選手)に選ばれた。PSVでの2年間で、リーグ戦56試合17得点を記録している。
クラブごとの歩み
| 期間 | クラブ | リーグ戦(出場-得点) | 主な実績 |
|---|---|---|---|
| 2000〜02年 | フローニンゲン | 46-8 | プロデビュー |
| 2002〜04年 | PSV | 56-17 | 2002-03にリーグ優勝 |
| 2004〜07年 | チェルシー | 67-15 | プレミアリーグ2連覇(2004-05、05-06)、FAカップ、リーグカップ2回 |
| 2007〜09年 | レアル・マドリード | 50-11 | 2007-08にリーガ優勝 |
| 2009〜19年 | バイエルン | 201-99 | ブンデスリーガ8回、DFBポカール5回、CL優勝(2012-13) |
| 2020〜21年 | フローニンゲン | 6-0 | 古巣で復帰後、引退 |
チェルシーからレアル・マドリード、そしてバイエルンへ
2004年にチェルシーへ移籍すると、ジョゼ・モウリーニョ監督のもとでプレミアリーグを2連覇。2004-05シーズンにはリーグカップも制し、2006-07シーズンにはFAカップとリーグカップの2冠を経験した。2007年に3,500万ユーロでレアル・マドリードへ移り、初年度の2007-08シーズンにリーガ優勝を果たした。2009年8月にはバイエルンへ約2,500万ユーロで移籍し、この移籍が最も大きな飛躍のきっかけとなった。
バイエルンでの10年間
バイエルンでの1年目の2009-10シーズンは、リーグ戦でクラブの得点王となり、ブンデスリーガとDFBポカールの国内2冠に貢献。DFBポカール決勝では先制ゴールも決め、ドイツ年間最優秀選手にも選ばれた。チャンピオンズリーグ決勝には2010年と2012年に進んだが、いずれも優勝には届かなかった。悲願の欧州制覇は2012-13シーズン。決勝でドルトムントを2-1で下した試合の89分に決勝ゴールを挙げ、この年、バイエルンはリーグ、カップ、チャンピオンズリーグの3冠を達成した。ブンデスリーガの優勝は2009-10、2012-13から2018-19シーズンまで通算8回。2014年12月にはバイエルンでの通算100ゴールにも到達している。右サイドから中に切れ込み、左足で狙うシュートは、相手が分かっていても止められない「ロッベンの型」と呼ばれた。
オランダ代表での歩み
- 2003年 代表デビュー。EURO 2004では大会最多のアシストを記録(EURO 2004の総括)
- 2006年 W杯:ベスト16(2006年W杯の総括)
- 2010年 W杯:準優勝。決勝の62分にGKカシージャスと1対1になったが、防がれた(2010年W杯の総括)
- 2014年 W杯:3位。スペインを5-1で破った初戦で2得点。大会の銅のボール(3位の最優秀選手)、大会オールスターチーム、FIFA・FIFProの世界ベストイレブンに選出(2014年W杯の総括)
2014年にはオランダ年間最優秀スポーツ選手にも選ばれた。代表通算96試合37得点で、2017年に代表を退いている。
引退後のキャリア
2019年に一度引退を表明したが、2020年に古巣フローニンゲンへ復帰し、2021年7月に引退。チャンピオンズリーグでの32得点はオランダ人選手の歴代2位、19アシストはオランダ人選手の最多で、欧州の大舞台で結果を出し続けた選手だった。
出典: Wikipedia(英語版)ほか