【監督列伝】佐々木則夫 なでしこジャパンを2011年女子W杯世界一へ導いた「のりさん」
佐々木則夫氏は1958年5月24日、山形県生まれ。なでしこジャパンの監督を、2007年12月から2016年3月まで務め、127試合81勝17分29敗の成績を残した。
2011年の女子W杯(ドイツ)では、決勝でアメリカにPK戦の末に勝ち、アジア勢初の世界一(2011年女子W杯の総括)、2012年のロンドン五輪は銀メダル、2014年のアジアカップは優勝、2015年の女子W杯(カナダ)は、決勝でアメリカに2-5で敗れて準優勝(2015年女子W杯の総括)。2011年には、FIFA年間最優秀女子監督にも選ばれた。
選手時代から女子サッカーの指導者へ
帝京高校でキャプテンとして全国高校総体(インターハイ)を制し、明治大学へ進んだ。卒業後はNTTに入社し、NTT関東サッカー部でMF・DFとして、1986年の日本サッカーリーグ2部昇格に貢献。33歳で現役を退いた。指導者としては、1998年にJFLの大宮アルディージャの監督を務めた後、クラブのユース監督や育成の責任者などを歴任した。2006年に女子代表のアシスタントコーチと、U-20女子代表の監督に就き、2008年に大橋浩司氏の後任として、なでしこジャパンの監督に昇格した。
大会別の歩み
- 2008年:北京五輪で4位。東アジア選手権で優勝(2010年も優勝)
- 2010年:アジア競技大会で優勝
- 2011年:W杯ドイツ大会で優勝。開催国ドイツを準々決勝で、スウェーデンを準決勝で破り、決勝はアメリカとPK戦の末に3-1で勝利(2011年女子W杯の総括)
- 2012年:ロンドン五輪で決勝に進み、アメリカに1-2で敗れて、日本の五輪史上初のメダルとなる銀メダル(2012年五輪の総括)
- 2014年:アジアカップ優勝(女子アジアカップまとめ)。アジア競技大会は準優勝
- 2015年:W杯カナダ大会で準優勝。W杯連覇を狙ったが決勝でアメリカに2-5(2015年女子W杯の総括)
- 2016年3月:リオ五輪アジア最終予選で、出場権を逃したことを受けて退任
2011年W杯優勝と「なでしこ」現象
決勝のアメリカ戦は、延長を含めて2度リードを許しながら追いつき、PK戦に持ち込んで勝利した。日本の女子サッカーの歴史で、初めての世界一となったこの優勝は、東日本大震災の直後という時期もあり、国内外で大きな注目を集めた。なでしこジャパンは、19件目の国民栄誉賞の受賞となった。佐々木氏自身も、2012年1月のFIFAバロンドール表彰式で、女子年間最優秀監督賞に選出されている。澤穂希氏(澤氏の列伝)や宮間あや氏(宮間氏の列伝)ら、個性と実力を兼ね備えた選手をまとめ上げたことが、チームの強さの源泉だった。
評価と後任
2015年の女子W杯では、ヴィットリオ・ポッツォ(イタリア)以来77年ぶりとなる、W杯連覇監督を目指したが、決勝でアメリカに敗れた。2016年のリオ五輪予選の後、監督を退任し、後任には高倉麻子氏(高倉氏の列伝)が就いた。退任後はなでしこジャパンのコーディネーターなどを務め、2019年には日本サッカー殿堂入りが決まっている。