オランダ代表監督列伝(オランダ代表)

【監督列伝】フランク・デ・ブール オランダ代表をEURO2020ベスト16に導き、アヤックスでリーグ4連覇

フランク・デ・ブール氏は1970年5月15日、ホールン生まれ。現役時代は、アヤックスとバルセロナ(1998-99シーズンのリーグ優勝)などでプレーし、オランダ代表としては112試合13得点で、1998年のW杯とEURO 2000でキャプテンを務めた。

指導者としては、アヤックス(2010〜16年)でリーグ4連覇を達成し、インテル(2016年)、クリスタル・パレス(2017年)、アトランタ・ユナイテッドなどを経て、オランダ代表の監督を2020年9月から2021年6月まで務めた。EURO 2020ではグループ首位、ベスト16でチェコに0-2で敗れて退任した(EURO 2020の総括)。

選手時代:アヤックスの黄金期を支えた左利きのDF

デ・ブール氏はフローテブルークで育ち、地元クラブでサッカーを始めた。アヤックスでは左サイドバックからセンターバックへ移り、長いパスとセットプレーの精度を持ち味にした。アヤックスでは、リーグ優勝5回(1989-90、93-94、94-95、95-96、97-98)、KNVBカップ2回、1991-92シーズンのUEFAカップ、1994-95シーズンのチャンピオンズリーグ、UEFAスーパーカップ、インターコンチネンタルカップなどを獲得した。1998年にバルセロナへ移り、1998-99シーズンにリーガ優勝を経験。その後、ガラタサライ、レンジャーズ、カタールのアル・ラーヤン、アル・シャマルでもプレーして引退した。

代表では1990年9月にイタリア戦でデビューし、1994年、1998年のW杯、1992年、2000年、2004年のEUROに出場(1996年は負傷で欠場)。2003年3月29日のチェコ戦で、オランダ人選手として初めて代表100試合に到達。通算112試合は、ファン・デル・サール氏(選手列伝はこちら)に抜かれるまでの歴代最多だった。1998年のW杯準々決勝では、デ・ブール氏の約60メートルのロングパスから、ベルカンプ氏(選手列伝はこちら)の伝説の決勝ゴールが生まれた(1998年W杯の総括)。主将として1998年W杯、EURO 2000でベスト4に導いたが、EURO 2000準決勝ではPKを2本外している(EURO 2000の総括)。

アヤックスでのリーグ4連覇

引退後の2007年にアヤックスのユース部門の責任者となり、2010年のW杯ではファン・マルワイク監督(監督列伝はこちら)のアシスタントを務めた(準優勝)。2010年12月にマルティン・ヨル監督の辞任を受けて、暫定監督に就任。初戦のミラン戦(2-0)に勝ち、2010-11シーズンには、最終節のトゥウェンテ戦(3-1)でリーグ優勝を決めた。決まったのはデ・ブール氏の41歳の誕生日で、就任1年目の優勝だった。

シーズン アヤックスでの実績
2010-11 リーグ優勝(暫定監督から就任)
2011-12 リーグ優勝
2012-13 リーグ優勝、ヨハン・クライフ・スヒールド。リヌス・ミケルス賞(年間最優秀監督)受賞
2013-14 リーグ優勝。オランダ史上初のリーグ4連覇

この4連覇はオランダのリーグ史上、監督として初めての快挙だった。2013年、2014年にリヌス・ミケルス賞を受賞している。

その後のクラブ指導

アヤックスを2016年に離れ、インテル(2016年)、クリスタル・パレス(2017年)を経て、2018〜20年にはアメリカMLSのアトランタ・ユナイテッドを指揮し、2019年のカンペオネス・カップ、USオープン・カップを制した。イングランドやイタリアでは短期間での退任となったが、MLSでは実績を残した。

オランダ代表監督:2020〜21年

2020年9月、バルセロナに移ったクーマン氏(監督列伝はこちら)の後任として代表監督に就任。就任後、最初の4試合で勝てなかった初めての代表監督となった。2021年のEURO 2020(EURO 2020の総括)では、グループを3連勝で首位通過したが、ラウンド16でチェコに0-2で敗れた。ネーションズリーグ2020-21(2020-21の総括)ではグループ2位だった。2021年6月29日にKNVBは契約の解除を発表した。後任は、ファン・ハール氏(監督列伝はこちら)だった。

2023年6月にはUAEのアル・ジャジーラの監督に就任したが、同年12月に解任された。

出典: Wikipedia(英語版)ほか

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